ノーベル賞から思うこと

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    https://mainichi.jp/articles/20191010/k00/00m/040/332000c

     

    吉野彰さんがノーベル化学賞。

     

    リチウム電池を開発し、それが温暖化対策にもなる

    というのが受賞理由。

     

    自分のしてきた仕事が世界のために役に立つものになる

    というのは、素晴らしいことです。

     

    おめでとうございます。

     

    でも、このリチウム電池、

    うーん、て思う面もある。

     

    たとえば、スマホ。

    たしかにスマホの存在は私たちの生活を大きく変えた。

    でも、それはいい面ばかりじゃないと思うんですよね。

    リチウム電池のおかげで悪い面も出て来ているんじゃないか。

    私の知る若い友人は、

    すっかりスマホ依存症。

    夜昼逆転し、ものごとにまともに集中できない。

    歩くときも寝るときも、スマホスマホスマホ。

    まったく建設的な思考ができない状態。

     

    そういう姿を見てしまうと、

    ノーベル賞すごいね

    という反面、

    しかし、それをどう使うか、

    だよなあ、としみじみ思ってしまう。

     

    まあ、科学なんてほとんどそんなものかとも思うんだけれど。

    ダイナマイトしかり、

    核融合しかり、

    遺伝子のこともそう。

     

    ノーベル賞をありがたがるだけじゃく、

    もっと普通の人たちがものを自分たちの生活の場から考えること、

    そうありたいものですけれど。

     

    ちなみに、吉野さん本人はスマホは使わないんだそうです。

    賢明です。

     

    スティーブ・ジョブスも息子たちに

    iPadを使わせなかったというからね。


    木を植えた人 ジャン・ジオノ

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      評価:
      ジャン ジオノ
      こぐま社
      ¥ 918
      (1989-10-01)

      木を植えた人 ジャン・ジオノ 読了。

       

      そんなに厚くはない本ですから、すぐに読むことができます。

       

      荒れ地となった場所に住み、

      黙々とその地に団栗を植え、

      森を育てていき、

      水を蘇らせ、

      村を蘇らせ、

      やがて亡くなっていった人の物語。

       

      と、こんな風に要約してしまうと、

      なんだか説教くさく、

      教訓じみてしまうようなところが出て来てしまいますが、

      ジャン・ジオノの筆致にはそんなところはぜんぜんなく、

      格調高く、秘奥に抑制が効いた文体です。

      ですから、読むこちらも威儀を正されるような気持ちになりますね。

       

      もくもくと自分の仕事をすること。

      その仕事がやがて森となり、

      水を生み、

      人々の生活を潤わせることになると信じること。

      心の高潔さを保つこと。

       

      散文詩のような一冊。

       

      ぜひオススメします。

       

       


      ノーベル文学賞2019は?

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        評価:
        多和田 葉子
        講談社
        ¥ 702
        (2017-08-09)

        https://www.sankei.com/life/news/191003/lif1910030020-n1.html

         

        今日ニュースを見ていて、今年のノーベル賞のことが話題になっていました。

         

        来週はノーベル・ウイーク。

        木曜日はノーベル文学賞の発表だそうです。

        そして、日本のマスコミはノーベル文学賞の話題に食いついています。

        まあ、われらが「ハルキ・ムラカミ」がいるからね。

         

        といっても、今年の予想には多和田葉子さんも入っているようで、

        さて、どうなることか。

         

        ただ、ネットにしろ、テレビや新聞にしろ、

        受賞するかしないか、という点だけでなく、

        作品自体の価値というか、

        その内容の面白さや世界の多様性などを

        もっと広く人々に知らしめて欲しいと思いますね。

         

        で、仮に村上さんや多和田さんが賞を逃したとしても、

        他に受賞する人はいるわけで、

        そういう作家の作品をもっと手厚く紹介してほしいし、

        もっとそういう多様な作家の作品が身近であって欲しいと願いますね。

         

        そのためには、ノーベル文学賞だのなんのかんのいうのではなく、

        多くの人にもっと読書に親しみ、

        多様な作品に近づけるような地道な活動が必要なのではないかと思いますね。

         

        政府も、

        書籍には消費税をかけないようにするとか、

        せめて軽減税率を適用するとか、

        文化啓蒙活動に積極的に取り組んで欲しいですね。

         

        まあ、今の政府は狭量で、愚鈍な人ばかりだから

        無理そうですけれど。

         

        ただ、主権者は国民なんだから、

        受賞受賞に浮かれるのではなく、

        地道にそういう文化を育てることをしないと。

        でなければノーベル文学賞も危ういんじゃないかな。

        いや、それ以外の分野でも。

         

        そうか、多和田さんなんかは、

        もうドイツで生活しているし、

        村上さんも英語が堪能だし、

        結局は日本の風土べったりの文化からすっかり離陸しているからねえ、

        今のこの島国根性では将来性はないかもしれないなあ。

         

        何を言いたいのか、ちょっとまとめますね。

         

        もっとマスコミは文学賞について

        内容や価値を、

        世界の多様な作家とともに紹介すべき。

        それから、

        多くの人にこれを機に読書に親しめる企画をつくるべき。

        受賞の結果だけを取り上げて、

        お祭り騒ぎ的な軽薄な取り上げ方は

        いいかげん、やめにしなさい!

         

         


        動物会議 ケストナー

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          「動物会議」E・ケストナー読了。

           

          戦争が絶えない世界。

          大人たちはそれを食い止めるべく会議を重ねるけれど、

          ただ会議のための会議を重ねるだけで、

          いっこうに具体的に戦争を止める具体的な手立てを打ち出せない。

          そんな間にも犠牲者はどんどん増えてゆく。

          ときに、子どもたちがまっさきに犠牲になる。

           

          そんな状況に立ち上がったのが動物たち。

          世界中の動物たちが一カ所に集まり、会議をする。

          人間に戦争をやめさせるために。

          子どもたちが犠牲にならないように。

           

          そして、結局、動物たちの知恵が人間を上回り、

          人間たちに戦争をやめさせる、

          という物語。

           

          …と書くと、なーんだ、そんな話か、

          と思うかもしれないけれど、

          全編にただようユーモアと、

          戦争を憎む気持ちと、

          子供達への愛情と、

          未来への信頼に満ちた文章に、

          ストーリーのシンプルさ以上のゆたかなものを

          きっと感じると思います。

           

          この作品は、1949年、戦後4年の出版。

          第二次世界大戦が終わったにもかかわらず

          また米ソの冷戦が始まり、

          いっこうに戦争の教訓から人間は学んでいない

          とケストナーは感じたのかもしれませんね。

          実際1950年には朝鮮戦争が起きました。

           

          バカな大人のなんと多いことか!

           

          と嘆かずに、こんな愉快な形でこどもたちに未来を託したケストナー。

           

          この作品は、いまでも十分有効な言葉に満ちていると思います。

           

          動物たちが人間と交わした条約。

          本当は全部書き抜きたいところですが、

          それはぜひ本文を読んでもらうことにして、

          ここではその第5条。

           

          今後いちばんよい待遇を受ける役人は、教育者とする。

          子どもをほんとの人間に教育する任務は、

          いちばん高い、

          いちばん重い任務である。

          真の教育の目的は、

          悪いことをだらだらとつづける心を許さない、

          ということでなければならない!

           

          日本の政治家諸君、よく読み給え!

          そして胸に手をあてて考え給え!

          あなたがたは、ただ、

          悪いことをだらだらとつづける心の持ち主ではないか、と!

           


          赤ひげ診療譚

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            「赤ひげ診療譚」山本周五郎(新潮文庫)読了。

             

            いやはや、素晴らしい小説でしたね。

            実にうまいストーリー展開と、生き生きした人物の造型。

             

            正直、山本周五郎って、大衆小説だろって軽く見ていたところがあった。

            ところがどっこい、

            人間のすばらしさ、人間の汚さ、

            すべてを見通し、そこに徹したところから書く姿勢に

            しみじみ感動しました。

            これは、

            「季節のない街」

            「青べか物語」

            を読んだときにも感じたこと。

             

            「赤ひげ」に関しては、それに加えて、

            政治とは何か、どうあるべきか、

            ということにかなりに踏み込んだ描写が多々見られたところが、

            印象に残っていますね。

             

            小石川療養所の医師「赤ひげ」は日々貧しい庶民の診察に当たっている。

            一方、長崎に遊学して江戸に戻ってきた保本登。

            こちらは、エリートのお抱え医師として登用されるはずだったが、

            わけあって赤ひげのところに来ることに。

            保本はこの赤ひげのもとで、

            医療とは何か、

            人間とは何か、

            社会とは何か、

            を学んで、成長するんですね。

            そのエピソードがいいんだなあ〜。

             

            通奏低音として響いてくるのが、

            「貧困と無知」。

            貧しい人たちは、貧困にあえぎ、

            無知のためにますます貧困を余儀なくされる。

            富めるものがますます富み、

            貧しいものがますます貧しくなる、

            赤ひげはいつもそのことを嘆き、のろい、

            しかし、全身でそれに向き合う。

            初めは保本にはその意味がわからないが、

            ともに患者に向き合う中で、

            その意味を深く理解してゆく。

             

            小説の舞台は、江戸時代。

            またこの小説が刊行されたのが昭和34年。

            まだ日本に貧困が日本に身近にあった時代。

            この時代には、この小説は多くの人たちに受け入れられたと思う。

            黒澤明が映画にし、またそれが評判になったのも、

            そういう時代背景があったからだろう。

             

            それから、幾星霜。

             

            今、令和になって読んでみて、

            むしろ、この時代にこそ

            もう一度読み返されていい作品のように思えます。

             

            貧困

            無知

            人情

            男女の機微

            学ぶこと

            人の心を読むこと

            働くこと

            生きる価値

             

            いろんなことがこの一冊の中にぎっしり詰まっている。

             

            これから社会に出て行こうとする人に

            ぜひ読んでもらいたい一冊ですね。


            やっぱり干柿は。。。。

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              今朝の朝日新聞「福島版」

               

              柿の加工自粛6年連続要請

               

              ことしもやっぱり出てしまいましたね。

              伊達市の干し柿2検体から、

              130ベクレル/kg

              140ベクレル/kg

              が出たとのこと。

              まあ、干し柿だからこうなってしまうという

              というわけではあるけれど、

              そもそも柿の中に放射性物質が存在するわけで、

              干し柿にする前の柿を食べたとしても、

              柿一個をまるまる食べれば、

              同じ量の放射性物質を体内に取り込んでしまうわけです。

              つまり、

              検査にひっかからない柿であっても、

              放射性物質を含んでいる

              ということですね。

              あたりまえですけれど。

               

              みなさん、気をつけましょう。

               

              ちゃんと検査していない柿は

              むやみに人にあげないように。

              人からもらわないように。

               

              こんなこと言うと

              風評を広げるな

              とか言われたりするんだろうけれど、

              あるものをあると言うのが正しいのか、

              あるものをないと言うのが正しいのか、

              あるものをあると言って風評と言われるのか、

              あるものをないと言って風評と言われるのか、

              そういうことを考えなくちゃね。

               


              広島カープ 緒方監督辞任

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                https://www.asahi.com/articles/ASMB143V3MB1UTQP00J.html

                 

                一応朝日新聞の記事貼り付けましたが、カープ緒方監督、辞任ですね。

                 

                戦力的にはかなり揃っていたんですが、

                そしていろんなチーム事情もあったんでしょうが、

                やっぱりことしはぱっとしなかったですからね。

                 

                開幕からそもそもおかしかった。

                とくに一番ショートの田中広輔。

                絶不調でしたね。しかし、交替されない。

                あとからわかったことでしたが、けがをしていたようで、

                右膝の手術をしていたとか。

                 

                交流戦の成績もひどかったね。

                あれだけ交流戦前に稼いでいた貯金が一気になくなってしまった。

                ああいうところがそもそものチーム力だったのかも。

                 

                そして監督による選手への平手打ち案件。

                 

                仕上げは、選手のドーピング。

                 

                結果CSへの進出を逃してしまった。

                 

                リーグ三連覇は立派だったけれど、

                日本シリーズではまったく勝てる気配はなかった。

                たしかに強かったけれど、何かが足りない気がしていましたね。

                 

                たぶん、それは言葉の力ではなかったなあと思うんです。

                 

                男は黙ってサッポロビール、の時代じゃない、今は。

                 

                どんなチームを作っていくのか、

                臨機応変にどう対応していくのか、

                それを選手と言葉で理解し合い、

                ファンとも理解し合っていく、

                そんな時代じゃないかな。

                 

                うまくいっているときは、黙っていてもいいかもしれない。

                うまくいかなくなったときにどうするか、

                それがコミュニケーションではないだろうか。

                 

                負けが込んできたとき、緒方監督は会見を拒否することがたびたびあった。

                 

                また、今回の辞任会見でも質疑応答はなし。

                 

                監督の美学ということなのかもしれないけれど、

                これでは進歩がないなと思う。

                これでは今の政治家レベルと同じじゃないか。

                 

                たかがプロ野球かもしれないけれど、

                せめて今の政治レベルを超えるくらいのものでないとね。

                 

                それでも、まあ、ご苦労様でした。


                消費税増税「5年半ぶり」? 

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                  2019年10月1日(火)

                  いよいよ消費税10%の時代に入りました。

                  社会福祉に使うという消費税でしたが、そんなようすはひとつもなく、

                  国民にとってはただむやみに吸い取られるものでしかない消費税です。

                  税金がいったいどのように使われているのか、

                  今の政府が何を目指しているのか、

                  社会がよい方向に向かっているのか、

                  また、私たちはどのような方向へむかうのがよいと考えるのか、

                  他人任せではなく、

                  自分たちが社会を作るんだという参加者意識、当事者意識をもちたいですね。

                  そうすれば、この10%消費税というのも変わるんじゃないかな、と思いますが。

                   

                  ところで、この二紙の見出し。

                  朝日も福島民報も、

                  消費税増税

                   

                  「5年半ぶり」

                   

                  とあったのが気にかかります。

                  私の感覚だと

                   

                  「わずか5年半で」

                   

                  なんですけれど。

                  また両紙がそろってこのことばを使っているので、

                  さてはどこかからこの言葉を仕えという指令が来ているのかな、とも。

                   

                  新聞は軽減税率適用されているんですよね。

                  ということは、政府からの支援を受けている。

                  つまり、政権に対する批判は述べにくい、という忖度が働く。

                   

                  「5年半ぶり」

                   

                  も、つまりは批判できない新聞社の不自由さ、なのかも。

                  とすれば、やれやれですね。

                   

                  でも、まあ朗報も。

                   

                  福島民報には「東電旧経営陣無罪に控訴」の見出し。一面トップです。

                  さすがにあの判決はひどかったからね。

                   

                  さらに、この写真には載らなかったけれど、

                  朝日の一面には、「あいちトリエンナーレ再開合意」の見出しも。

                  補助金などのこともあったけれど、ここで簡単に引き下がらない

                  というのは嬉しいニュース。

                  なんらかの形で応援できたらいいんですけれど。

                   

                  ということでまとめ。

                   

                  「5年半ぶり」

                   

                  っていう表現は、もはや「表現の不自由展」そのものでは?

                  いや、新聞そのものが、もはや「表現の不自由展・毎日」ということになっていませんか?


                  Johnny Cash I won't back down

                  0

                    https://youtu.be/N8i5NLyXZdc


                    消費税は10パーセントになり、

                    表現の自由は侵され、

                    馬鹿が威張るようになり、

                    真実はますます見えないようになる

                    こんな地獄が近づきつつある時代。


                    しかし、反骨精神忘れずに。


                    この、ジョニー・キャッシュの声を聞いて踏みとどまりましょう。


                    決してあとにはひかないぞと!




                    ステーキと宮澤賢治

                    0

                       

                      我が国の環境大臣が、

                      気候変動問題に取り組むときにはセクシーに

                      などとほざき、

                      さらにステーキを食べに行った

                      という件について。

                       

                      セクシーについては、さすがにいろんなところで叩かれはじめましたね。

                      もっと叩いてくれというところですが、

                      今回はステーキについて。

                       

                      官許運問題では、実は畜産が大きな影響を与えている

                      ということをこの大臣は知らないのでしょうか?

                      火力発電、排気ガスだけだと思っているんでしょうか?

                      この会議のさなか、のうのうとステーキ点にメディアを引き連れて

                      ステーキ屋で美味しい肉を喰らっていたんでしょうか?

                      一体、何しに行ったんでしょう。

                       

                      井上ひさし「イーハトーボの劇列車」で、

                      作者は登場人物の宮澤賢治に、

                      畜産が地球的規模からすると非常にバランスを欠くものだと言わせています。

                      ここでは、食糧問題という扱いですが、

                      その論理は地球温暖化に通じるものです。

                      この戯曲は井上さんが書いたものですが、

                      井上さんは当然宮澤賢治の書いたものを踏まえているでしょうから、

                      ほぼ宮澤賢治の考えに通じるでしょうね。

                       

                      その一節を紹介します。

                       

                      まずは場面の説明。

                      病気の妹とし子を見舞った賢治。そこには、とし子の同級生福地ケイ子も入院していた。

                      また、ケイ子の兄福地第一郎もケイ子の見舞いに来ていた。

                      とし子に気がある第一郎は、滋養になるからといってステーキを頼んでくれた。

                      しかし、賢治はそれを良しとしない。賢治と第一郎は口げんかをする。

                       

                      賢治 あんだは人間が食用としている動物がなにを喰って生きてえんのか知ってっべか。

                      第一郎 植物だよ。穀物や野菜を喰って生きているの!

                      賢治 べご一頭を育てるためには八エーカー分の穀物だの野菜だのが要るんです。その八エーカーの畑に小麦をつくってみなさい。ヒト十人分の一年間の食料がとれるす。あのう、百六十キロのべご一頭で、十人が一年間、喰って行けますか?

                      第一郎 うるさい!

                      賢治 お世辞にもこの日本は国土が広いとはいえません。そして耕地はせまいんです。日本人が全員、腹一杯ちゃんと喰うには、やっぱり効率のわりーべごなど育ででえではわがんなんだぢゃい。

                      第一郎 そういうつまらない心配はしなくてよろしい。わが三菱商事が食糧の足りない分をどんどん輸入してきちゃうから。それにそのうち軍部が満州を手に入れてくれるだろうし、国土はぐんと拡がる。

                      賢治 だども地球的見地から見れば、動物を喰う人がいれば、その分、だれかが腹を空かす…

                       

                      最後の「だれかが腹を空かす」を

                      「二酸化炭素が増える」とか「地球温暖化が進む」と言い換えても

                      ほとんど意味は通じるんじゃないでしょうか。

                      食糧の問題だけでなく、

                      畜産は広い土地を使って、二酸化炭素を生産していることになる。

                       

                      ついでにいうと、

                      最近流行の、炭水化物を摂らず、タンパク質(肉食)を摂ってダイエット

                      いわゆるロカボにも、疑問あるんですよね。

                      肉ばっかり食べてると、温暖化を進めることになるんだよね。

                       

                      日本の常識も、地球的な見地から見れば非常識になる、

                      そういうことを考えさせられます。

                       

                      そんなことを宮澤賢治は考えていたということ、

                      それをまた井上ひさしがわかりやすく戯曲に直していたということ、

                      もう一度考え直していいんじゃないでしょうか。

                       

                      追記

                       

                      あの環境大臣、さすがにステーキのことを質問されていましたね。

                      そうすると、こんな言い訳。

                      「いままで、こういうこと(畜産が温暖化に影響を与えること)が話題になるようなことがなかったから、いいんじゃないでしょうかね。」

                      おいおい。

                      まあ、この環境大臣が、こんな詭弁を弄する品のない、誠実さのない人物だとわかったからよかったのかもしれませんね。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       


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