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    • 2017.08.09 Wednesday
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    「三陸海岸大津波  吉村昭著」(文春文庫)を読む

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      某月某日


      「三陸海岸大津波 吉村昭著」(文春文庫)を読了。

      簡潔な文体で、津波の実態にぐいぐい迫っていく筆致に引き込まれる。
      そして、何より筆者の三陸海岸に寄せる愛情の深さが感じられるものだった。

      明治29年の津波。
      昭和8年の津波。
      昭和35年のチリ沖地震による津波。
      昭和43年の十勝沖地震による津波。

      これは、人間と津波との闘いの記録であるとも思った。

      印象に残るのは、昭和8年の津波に関して残された
      子どもたちの作文である。
      実に素朴ながら、津波の状況がなまなましく描写されている。
      今、学校で、教師たちは、
      生き残った子どもたちに津波体験をこのように書かせることはできるだろうか。
      そんなことをふと思った。

      そのほか、津波が来る前兆を描写する箇所。
      今回の津波の時は、どんな予兆があったのだろうか。

      この本の終わり近く、作者は田老町の防潮対策を紹介する。
      幾多の被害を経て、田老町の積極的な津波対策を述べるのである。
      筆者はこう述べる。
      「田老町の津波対策は秩序正しいものだが、
      他の市町村でもこれに準じた 同じような対策委が立てられている。
      しかし、自然は、人間の想像をはるかに越えた姿を見せる。
      防潮堤を例にあげれば、田老町の壮大な防潮堤は、高さが海面より10.65メートルある。
      が、明治29年、昭和8年の大津波は、
      10メートル以上の波高を記録した場所が多い。
      私は、田野畑村羅賀の高所に建つ中村丹蔵氏の庭先に立った折のことを忘れられない。
      海面は、はるか下方にあった。
      その家が明治29年の大津波の折に被害を受けたことを考えると、
      海水が50メートル近くも逼い上がってきたことになる。
      そのような大津波が押し寄せれば、
      海水は高さ10メートルほどの防潮堤を越すことはまちがいない。
      しかし、その場合でも、頑丈な防潮堤は津波の力を損耗させることはたしかだ。
      それだけでも、被害はかなり軽減されるにちがいない。」

      また、田野畑村の早野幸太郎氏のことばも紹介する。
      「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。
      しかし、今の人たちはいろいろな方法で十分警戒しているから、
      死ぬ人はめったにないと思う。」

      ところが。

      今回の津波は防潮堤を楽々と越えて、田老町の町中に入り込んでしまった。
      全壊家屋が1600戸あまり。
      死者も少なくはない。

      吉村氏が予想したとおりだ。

      吉村氏は、防潮堤が津波の被害を軽減するだろう」と述べているけれど、
      むしろ、これは不安を煽らないための配慮ではなかったか、というふうに読める。
      というのは、この50メートル近くも這い上がってきた津波のことを
      この本の中で何度となく述べているからである。

      今、吉村氏が生きていたら、
      今回の津波の被害をどのように見ただろう、と思う。




      津波のあと その4

      0
         
        某月某日

        18

        新地、釣師浜。壊滅状態。

        19

        とにかく荒涼たる風景。

        22

        新地駅。列車がねじ曲がっている。
        乗客たちは、たまたま乗り合わせていた警察関係職員に誘導され、
        新地町役場まで避難して無事だったという。

        23

        跨線橋。かろうじて生き残った。
        駅長は、一晩ここにいて、助けられたという。

        24

        線路が消えてなくなってしまっている。

        22

        残された靴。

        24

        小魚の残骸。小魚の群れのまま、ここまで流されたのだろうか。



        新地駅には、ひとりの若者がぽつんと瓦礫の上に腰掛けていた。
        ひとりのおばさんが話しかけているのが、なんとなく聞こえてきた。
        どうやら両親を捜しているらしい。
        自分は仙台の方にいたので助かったが、
        両親はこのあたりにいるはずなので探している…とそんな話をしていた。
        しかし、見渡す限り、瓦礫とヘドロばかり。
        どこをどう探せばいいか見当もつかないのじゃないだろうか。
        背中に当たっている夕日の色が妙にオレンジ色をしていた。
        まわりでは、自衛隊の部隊も捜索を行っていた。

        25

        田んぼに現れた家。

        新地もかなりの被害を受けていた。
        復興と言っても、この先どういうふうに進んでいくんだろう、
        と首をかしげてしまうほどだ。

        2週にわたって、一応、相馬に来る理由を持ちながら、
        津波の被害を見てきたけれど、
        さすがに2週目ともなると、ただ、写真を撮っているだけの自分の存在に
        自己嫌悪を感じてくる。
        ただの野次馬根性ではないのか…。
        そしてそれを否定できる自分はいまのところない。

        新地から相馬に戻り、福島へ帰る。

        26

        帰りにちょっと、福島市渡利の花見山に寄ってみた。
        例年なら、観光客で賑わうところだが、あまり人はいない。
        そういう点では、ことしはゆっくり花を楽しめるチャンスかもしれない。

        ただし、渡利近辺は、市内でも環境放射能測定値が、
        やや高めに出ている地区なので、
        そういうことを気にする人は控えた方がよいかも。
        もちろん、「ただちに健康に影響がない」ことは請け合います。
        だって、筆者も今のところ、無事ですから。



        津波のあと その3

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          某月某日


          津波のあと。続き。

          10

          相馬港周辺。とにかく瓦礫だらけ。
          ぽかんと家が流れ着いている。

          11

          瓦礫撤去のために作業した人たちが、輪になって休憩していたのだろうか。
          妙な空気が残っていた。

          12

          仰向けの車。

          14

          放り出された机

          15

          タンクローリー

          16

          信号機

          17

          新地方面への海沿いの道。
          もちろん通行止め。

          続き。


          津波のあと その2

          0
             
            某月某日


            相馬の知人のお見舞いに行く。

            津波の被害にあったものの、とにかく無事だったのは幸い。
            しかし、それでも、失ったものを数えると悔しい、と口をそろえて皆語る。

            以下は、そのときに撮った写真。

            何回かに分けてアップの予定。

            1

            農道に乗り上げた松の木。
            これでも道が通れるように片付けられた状態。

            2

            あぜ道と用水路。
            水門がひんまがっていて、使い物にならない。
            というより、田んぼが使い物にならない。
            いつもなら、水を引いている時期。


            3

            同じく松の木。

            6

            モーターボート

            7

            ヨット

            4

            オブジェと化した田んぼの表面。
            表面はヘドロです。

            8

            魚を見つけた。
            魚でさえおぼれているのだから、どれほどのものか。
            よく見ると、目をつつかれていた。カラスの仕業か。
            流された遺体も、同じような目に遭っていると聞く。

            9

            あぜ道に咲いたタンポポ。
            植物の強さに恐れ入る。

            安否確認

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              某月某日


              相馬市役所に行ってみる。

              ひょっとしたら知人の誰かがまだどこかの避難所にいるかもしれない。
              市役所には避難者名簿が出ているはずだから、
              そこを頼りにすれば何かが分かるかもしれない。

              市役所に入ってすぐのところに名簿が張り出されていた。
              それをいちいち確かめる。
              知っている名前はなかなか出てこない。

              となりでも名簿を確かめる婦人がいた。
              彼女は顔を名簿にすり寄せ、
              というより目をぎりぎりまで名簿に近づけ、確かめていた。
              見えにくいのだろうか。
              見えないけれど見ようとしているのだろうか。
              暗い電灯の下で名簿をたどっている姿に胸が締め付けられた。

              名簿を確かめているとGさんの名前が飛び込んできた。
              相馬に勤務していたときの、妻の知人だ。
              避難所は近くの中学校だった。
              さっそくそのことを妻に連絡し、避難所に行くことを伝える。
              妻もそうしてくれると助かる、とのことだった。

              避難所に行ってみると、Gさんはすでに退所されているとのことだった。
              「そうですか。でも、無事だったのですから、よかったです」
              というと、避難所の担当職員は、
              「あ、ちょっと待ってください」といった。
              「移転先と連絡先が確認できますので、
              本人から了解をいただければ、電話番号を教えることもできます」
              そして待つこと数分。
              「この電話番号は、Gさんの息子さんのものなのですが、
              母の知人であるということなら、どうか電話をいただきたい、
              とおっしゃっていましたよ。」と言われ、電話番号を教えてもらった。
              避難所の職員にも、息子さんにも感謝。

              さっそく電話してみた。
              息子さんが電話に出た。
              かくかくしかじか事情を説明すると、Gさんを呼び出してくれた。
              まずは無事を確認。喜び合う。
              しかし、やはり津波に遭ったショックは大きかったようで、
              すぐにそのときに話になった。

              「いや、わたしのうちは高台にあるんですけど、
              それでも一階はすべて水浸しになってしまいました。
              高台にあるからだいじょうぶって、たかをくくっていたんですね。
              でも、そんなこんなで命だけは助かりましたから、
              あとはその避難所まで歩いていきました。
              膝まで水に浸りながら、着の身着のままで歩いていきました。
              でもその避難所には少しいただけですぐ別のところに行きました。
              中通りのD町の知り合いに、10日間ぐらいお世話になりました。
              そしてそのうち、やっぱり、うちのことが気になってきたんですね。
              今は、尾浜の自宅に戻って、片付けをしてるところなんです。
              畳なんか干しながら、なんとかかんとか。
              でも、まわりはひどいですね。
              これ、どうなるんでしょうか。」

              午前中に回ってきた尾浜地区を思い出した。
              完全に波をかぶって、壊滅してしまっている家並みがすぐ映像になって浮かんだ。
              松の木が根こそぎ吹っ飛び、
              あるいは残った松の木も、その梢に漁網を絡めているままである。
              Gさんはその中で家族といっしょに、
              まずは自宅の復興に取りかかっている。

              「ほんとに大変でした。
              とにかくほんとに無事で…」
              「奥様にもよろしくお伝えください」
              「ハイ」
              お見舞いの電話のはずなのに、
              なんだかこっちが元気づけられているような気もしてきた。

              帰る前に、ちょっと広文堂書店に寄ってみようかな、と思う。
              けっこう町に人が出歩いている。
              復興への兆しみたいなものも感じられた。
              そして、相馬市の伝統校、相馬高校の歌詞の一節が思い出された。

              「馬陵の城の名に負える 春の若駒勇ましく」

              弘文堂にて
              「深夜食堂3」(安部夜郎)
              「光の指で触れよ」(池澤夏樹)
              「原発事故を問う−チェルノブイリからもんじゅへ」(七沢潔)
              を買う。

              光の指で触れよ

              本屋にも人がけっこう訪れていた。
              小さな本屋が町の中でがんばっているのを見るのはうれしい。




              津波のあと

              0


                某月某日


                相馬まで行く。
                知人の安否と津波被害の実態確認のため。

                被害は、ひどい…のひとこと。

                ここでは、取り急ぎ写真での報告にとどめることにする。


                農1

                これは、国道6号を百槻あたりから磯部方面に入り、バイパスをくぐり、
                大曲の交差点を、和田方面に入ったところ。
                でっかい松の木がごろごろ無造作に転がっている。
                荒涼殺伐とした光景。
                道路が整備されているのは、すでに三週間が過ぎているから。
                きっと自衛隊が、松の木々をチェーンソーで切りまくって、
                ここまで車が通れるようにしてくれたのだろう。



                農2

                同じく大曲周辺。めちゃめちゃ。
                カラスも寄りつかない。
                もともとは水田地帯である。

                水仙

                いちごハウスがあるあたり。
                このあたりは比較的被害が少ない。
                でも、潮に浸ってしまっている。
                その中から、水仙が顔を出していた。

                ローソン

                松川浦近くのローソン。完全に埋没したようす。

                船1

                船がここまで流されている。

                船2

                田んぼに突き刺さったモーターボート


                松川浦沿い

                松川浦沿いの道。
                電信柱が無残。
                でも、すこしずつ復興の兆しもみえる。
                奥で撤去作業が始まっている。

                松ヶ江亭

                料亭「松ヶ江亭」の惨状。
                右の奥に見えるのが松川浦大橋。
                あの橋の上も潮をかぶった、という噂がある。
                もし、それが本当だとすれば、17メートルを超える津波だとも。
                この姿を見てしまうと、俄然真実味が迫ってくる。

                造船所

                かなり大きい造船所なのだが…


                車

                車。なぜか石川ナンバー。持ち主は大丈夫だったろうか。

                魚市場

                相馬魚市場。船があっちこっちにひっくり返っている。
                漁網が散乱して、足に引っかかってくる。

                メーター

                船のメーターか。

                やっとこ

                やっとこ。
                このさび具合からして、
                かなり以前に海底に沈んでさびていたものが、
                今回の津波によって、
                海底から掘り起こされ、
                陸地にあがってきたものではないか、
                と勝手に想像している。

                海水浴場

                原釜海水浴場。
                奥で水陸両用車が活動している。
                しかし、もしこの地震が、夏のシーズンまっただ中だとしたらどうなっていたか、
                と思うと、さらに恐ろしい。
                真ん中奥は、尾浜地区。ぐしゃぐしゃにつぶれてしまっている。

                海水浴場側からの魚市場

                海水浴場側から見た魚市場。
                とにかく見る影もない。

                この津波に関しては今後もいろんな証言が出てくると思われるけれど、
                とりあえず今回は二つ。

                その1 浜辺の松林近くに住んでいたが、地震のあと、松林の方を見ると
                松林の遙かに上の方に、まっくろい雲のようなものが、ご〜〜っと音をたてて
                うなっていた。すぐに津波だ!と思って、車で山上(という陸側の地域)まで
                逃げた。

                その2 地震がやんだ後、ハウスに散乱していたシクラメンなどを片付けていた。
                その間、なんだか外では、ジェット機が飛ぶ音がしていた。飛行機でこの地震の
                取材でもしてるのかなと思っていたが、外に出て戻ってきた父親が、「津波だ」
                といって、みんなで慌てて逃げた。近くの杉木立のところに避難したが、そこも
                危険かもしれなかったので、もっと離れた八幡ちかくまで逃げた。

                二つしか例はないけれど、ご〜っという、ジェット機のような音をたてて津波が
                やってきていたことは共通している。想像するだに、恐ろしい。

                実際に来てみると、テレビで見るのとは全く違う。
                このなまなましさは、何とも言えない。
                もちろん、この文章でも伝えきれないと思う。

                3月11日、津波は悪魔のように家を車を船を町を人を飲み込んでしまったけれど、
                今日は鳥ぐもりのなか、妙に穏やかだった。それがまた妙に不気味でもあった。






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