下準備

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    昨日から、上梓後、いろいろな方への謹呈のための下準備。

     

    本そのものはできあがっていないけれど、

    スマートレターに宛名シールと送り主シールをぺたぺた貼る仕事。

    このシールも、いろいろな種類があって、

    どれにしようかあれこれ迷いながら求めました。

    ほんとにいろんな種類があるんですね。

    そして差し込み印刷。

    パソコンに強い人はこんなのお茶の子さいさいなんでしょうけれど、

    まあ、苦戦というほどではありませんでしたが、

    いろいろと奮闘はしました。笑

     

    また、住所の入力、つまりリストの作成ですね、

    これも時間がかかりました、はい。

     

    シールをぺたぺた貼りながら、

    いよいよここまで来たか、という感じです。

     

    感傷はありませんが、感慨はありますね。

     

    「謹呈」も全部ではありませんが、筆で書きました。

    失礼にあたらなければいいんですが。

    添え状は裏に。

    プリンターの調子が今ひとつで、これも印刷には難儀しました。笑

     

    というわけで、自主制作句集、手弁当句集、

    近く発刊です。


    近刊のお知らせ BONEKO BOOKS その2

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      ではでは、近刊の紹介第2弾。

       

      今日は帯の文の紹介。

      帯文の表は、解説の宮崎斗士さんの文章からいただきました。

      まずはここから。

       

       

      蟻と蟻ごっつんこする光かな

       

      俳句とは座の文学、人と人との出会いの文学。
      この句集を読むと、私たちの世界がいかに光というものに彩られているか、
      ということに思い当たる。 (宮崎斗士解説「ごっつんこの光」より)

       

       

      「蟻と蟻」の句は、本句集に収められている一句ですね。

      ついでに、帯裏面も紹介。

      ここには、句集の中の何句かが紹介されています。

       

       

      東北は青い胸板更衣
      夜学の参観あいつの父が仕事着で
      灯と林檎灯と林檎灯と林檎売り
      ひとりひとりフクシマを負い卒業す
      春の牛空気を食べて被曝した                              
      夫婦喧嘩につつーっと降りて蜘蛛光りぬ      
      フリージアけっこうむずかしい平凡 

       

       

      とまあ、とりあえずこんなところを紹介。

       

      問い合わせは以下のメールアドレスまでお願いします。 

       

      bonekobooks@gmail.com

       

       

       


      近刊のお知らせ BONEKO BOOKS

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        BONEKO BOOKSより近刊のお知らせです。

         

        要するに自費出版ということなんですけれどね。

        自費出版というより、自主制作といったほうがいいかもしれません。

         

        写真は、その試作品です。

        だいたいこんな感じなりそうだということで。

         

        内容は、俳句集です。

        タイトルは

         

        むずかしい平凡 著者 中村晋  解説 宮崎斗士

         

        とりあえずはこんなところで。

         

        販売に関しましては、

        今のところ、福島県内の岩瀬書店さん、福島市内の西沢書店さん、

        その他、いくつかのお店においてもらえそうな感じです。

        全国の書店にならべるだけの部数はありませんので、

        少部数ではございますが、

        確実に届けることを心掛けたいと思っています。

        詳しいことは後日。

        12月初めに発刊の予定。

         

        なお、福島民報新聞などでも取り上げてもらえるよう、努力するつもりです。

         

        価格は 1400円(税抜き) 税込みだと1540円 です。

         

        遠方の方で購入ご希望の方もぜひご相談下さい。

        送料のことや少し時間がかかってしまうかもしれませんが、

        手元に届けられるよう尽力したいと思っています。

         

        問い合わせに関しましては、下記メールアドレスまでご一報下さい。

         

        bonekobooks@gmail.com

         

        よろしくお願いします。

         

         


        井上ひさしの言葉を継ぐために 岩波ブックレット

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          評価:
          井上 ひさし,井上 ユリ,梅原 猛,大江 健三郎,奥平 康弘,澤地 久枝,鶴見 俊輔
          岩波書店
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          (2010-12-09)

          これも古本屋さんで発掘した一冊。

          先ほど読了。

           

          井上ひさしさんが亡くなったのは2010年4月。

          その一年後にあの大震災が起きて、

          もし、井上さんが生きていたら…

          という声を何度聞いたことだろうと思いますね。

          そして、私自身何度もそう思いました。

          しかし、嘆いていても始まらない。

          言葉を継いで、こころを継いでいかなくては。

           

          主に九条の会のメンバーが、井上さんを語っているんですね。

          シンポジウムの講演録がこの冊子の主軸となっています。

          大江健三郎さんの、「沖縄」に対する考え方になるほどと納得。

          今、沖縄は抑止力になっているというのだけれど、

          その抑止力とは、アメリカの核の傘のもとでの抑止力であり、

          もっと具体的に言えば、中国に対する核による抑止力だと。

          ゆえに、中国も核ミサイル計画を、沖縄を射程に入れて進めている。

          その綱の引き合いの中にいて、日本はどうすることもできない。

          どうすることもできないが、まずはその事実を日本人は知る必要がある。

          そんな趣旨ですね。

          今、辺野古の埋め立てにしても、

          そういう全体的な構図を理解する必要がありますね。

          2010年の文章ですが、今に通じるものがあります。

           

          井上さん本人の文章も素晴らしい。

          「原爆とは何か」

          というものですが、原爆の全体像をこんなに端的に説明した文章は

          他に類を見ないのではないでしょうか。

          なかでも特筆すべきなのは、原爆投下の世界史的背景。

          日本は天皇制を維持したい。

          連合国側は日本に降伏させたい。

          天皇制は維持させてもいいと思っている。

          しかし、アメリカとイギリスは、日本をソビエト側に譲りたくない。

          そこで戦争を長引かせ、

          原爆を日本に落とすことで、ソビエトに圧をかけようとし、

          講和の条件にあえて天皇制のことを書き込まない。

          そしてまんまと日本の指導者は、その講和条件を受け入れず、

          戦争を続けることにする。

          ソビエトはソビエトで、

          日本をなんとか自分たちのものしたいから、

          これまた戦争を長引かせたいと思っている。

          つまり、指導者たちがみんな戦争をしたがっていたわけなんですね。

          その点では日本の指導者にも責任がある…

          そういう指摘を実に明快にしているんですね。

          この部分は実に明快なので多くの人に読んで欲しいものです。

          そして、日本人は、二度とこういう悲劇を世界で起こさないために

          運動し、活動する世界史的な意味が運命づけられている、

          とも言うんですね。

           

          この冊子の中で、澤地久枝さんが

          「父と暮せば」

          を紹介していました。これはほんとうに素晴らしい戯曲ですね。

          演劇でも、

          映画でも、

          文庫本でも、

          とにかくオススメします。

           

          この作品は、ほんとうに世界史的な価値を持つものと思います。

           

          井上ひさしさんの言葉を継ぐということは、

          世界の中で、日本人の存在意義を確かめ、

          そのためにどう働くべきか、

          どう生きるべきか、

          といういうことを考えることだと思います。

          そしてそれはとても大きく、

          やりがいのある仕事ではないかな

          と思えますね。

           

           

           


          日本軍「慰安婦」制度とは何か 吉見義明著 岩波ブックレット

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            先日、古本屋で手に入れた小冊子。

            岩波新書「従軍慰安婦」と合わせて手に入れたいと思っていたので嬉し。

            あと、「買春する帝国」という最新刊も読みたいと思っています。

             

            ということで、先ほど読了。

             

            この本は、日本の右派の人たちが唱える

            日本軍には従軍慰安婦はいなかった、という意見を

            まったく否定する内容のものですね。

             

            二〇〇七年アメリカ連邦議会下院は、

            日本軍が女性たちを「性奴隷制」に強制した事実を明白に承認し、

            謝罪することを日本政府に勧告する決議を採択したわけですが、

            その決議に先立って、日本人のグループ「歴史委員会」がこの決議に異を唱えたわけです。

            日本軍にそのような事実はないと。

            ところが、それがかえってアメリカ議会の採択を促してしまうんですね。(笑)

            そういう経緯があるのだけれど、今ひとつ日本人にはぴんときていない。

            そこで筆者は、その歴史委員会の主張を一つ一つ検討し、批判を加えていく、

            そういう一冊というわけですね。

            結論は言うまでもありませんが、

            日本軍に「慰安婦」制度はあった、という他はありませんね。

            これを認めるより他に、アジアの国々に対する謝罪はあり得ない、

            そんな気がしますね。

             

            筆者吉見義明さんは

            今、話題になっている映画「主戦場」にも登場する歴史学者です。

            明らかな事実を元に、

            クールに、かつあつく語る文体も魅力です。

             

            それにしても、これだけ明らかな事実を突きつけられながら、

            政府はまだなかったことにしようとするのだろうか。

             

            ところで、この一冊が刊行されたのが2010年民主党政権時。

            それまでの第一次安倍政治が、歴史を歪曲しようとする動きがひどかったので、

            それがおわり、政権も交代したので、

            ぜひ前向きにこの問題を解決しよう、

            そんな意気込みで書かれた一冊と感じました。

            しかし、その後民主党政権は震災で撃沈。

            その生まれた第二次安倍政権は、ごらんのとおり。

            「慰安婦」と来れば、すべて排除の方向。

             

            だからこそ、今読む価値があるように思います。

             

            右派のロジックにやられないように、

            普通の庶民も勉強して、この問題の歴史と背景などを知っておきたいですね。

             

             

             


            「漢字とアジア」(石川九楊著 ちくま文庫)を読む

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              ずいぶん前に買っておいたのだけれど、しばらく積ん読。

              しかし、よし、読んでみようと思った次第。

              石川九楊氏の著作は、非常に切れ味鋭く、

              読む側の心に深く刻みつけられる言葉が多い。

              読む側も気力体力充実していないと、

              本に読まれてしまう怖れもある。

              と、そんな気持ちで、少々身構えて読み始めたのだけれど、

              講義形式で話されたものが元になっているみたいで、

              ですます調のやわらかい文体。

              読みやすかったですね。

              しかも、内容は濃く、充実。

              読み終えた今も、さて、どこから感想を書いていいものやら。

               

              この本の特徴をひと言で言えば、

              東アジアを、漢字文明圏としてとらえ直し、

              その歴史を、漢字の伝播と言語の成立の観点から説き明かし、

              共通点と相違点を具体的に明らかにしたところだと思う。

              著者が言う漢字文明圏とは、

              中国・日本・朝鮮半島・越南(ベトナム)・沖縄・アイヌなど。

              それぞれの国家が漢字の移入とともにどのように成立し、

              今どのような課題に向き合っているのか、

              鋭い言葉で丸裸にされる。その快感。

               

              筆者は、各国に存在するさまざまな神話を、

              それはそれとして尊重はするものの、

              しかし、その神話によって国家が成立するはずはなく、

              もっと冷静になって考え、

              東アジアが漢字文明によってゆるやかにつながっていて、

              その中に独自の言語や文化が分化していったのだ、

              と提唱する。

               

              たとえば、朝鮮半島にある「古朝鮮」について、

              ハングルという文字を補助線にしながら、こんなふうに述べる。

               

              もともと東アジアは境界線のないままひと繋がりに入り混じっていたのであり、少しずつ地域に違いが生じ、やがてその違いが鮮明になったととらえればいいのです。その違いを明示するにいたった原動力は何か。朝鮮の場合は一四五〇年頃にできたハングルです。日本の場合は九〇〇年頃に生まれた女手(=平仮名)と片仮名です。これらの文字の使用がそれぞれ独自の文化を明示し、生み出すことになったのです。

               

              朝鮮も日本も越南も沖縄も、まずは漢字文明の恩恵を被って、そこから文字を移入し、政治体制を整えていった。

              しかし、中国もつねに安定しているわけではなく、時期によって国家体制がゆらいでくる。

              そして周辺国にとっては絶対的なものだった中国が、絶対でなくなってくる。

              するとそこで、周辺国は独自の文字や文化を生み出して、大国からの独立を図るようになってくる。

              それがハングルであり、平仮名だというわけですね。

               

              日本の平仮名の誕生については、唐の衰退と同じ時期に重なっている。

              ハングルの誕生については、元の没落の時期に連動している。

              大国の属国からの脱却に合わせるような形で、

              独自の文字が発明され、

              大国からの自立が促される。

              しかし、漢字文明圏においては地域が違えど

              漢字文明によってゆるやかに繋がり合っている。

              それが東アジアの特徴だというわけです。

              ここに筆者は、今の対立を乗り越えられる可能性を見ている。

              漢字文明という共通性を利用し、

              その上で違いを認めつつ、

              関係性を強くしたい。

              筆者はそういう願いを抱きながらこの本を書いたのだろう。

              講義はちょうど二〇〇三年のイラク戦争の時に行われたようだ。

              危機感がにじみ出てくるところも随所にちりばめられ、

              それがいいアクセントになってもいる。

              ゆえに、時折挟み込まれる歴史観・政治観も痛快。

              とくに朝鮮半島については、現代史も含めて、

              私たち日本人はもっと勉強していいと思う。

              この中で書かれる朝鮮半島の歴史はとてもコンパクトで、

              そして今後ニュースをどう見ればいいか、

              深い洞察を与えてくれる。

              沖縄も同様。

               

              とりわけ、文庫版あとがきは必読。

              日本という国が今後どうあるべきか、

              「書」「書く」ということから東アジアを読む、

              そんなつもりで読んだはずなのに、

              まったく違う世界が開かれる一冊でした。

               

              最近、必要に迫られて「書」をやるようになったのだけれど、

              そこから見えてくるもののなんと大きなこと、広いこと、深いこと。

               

              石川先生には、いつも勉強させられます。

               

              私にとって先生って誰か、といえば、

               

              金子兜太

              白川静

              河合隼雄

              内田樹

               

              そして、石川九楊。

               

              勝手に入門させてもらいました。

               

               

               

               

               

               


              木を植えた人 ジャン・ジオノ

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                評価:
                ジャン ジオノ
                こぐま社
                ¥ 918
                (1989-10-01)

                木を植えた人 ジャン・ジオノ 読了。

                 

                そんなに厚くはない本ですから、すぐに読むことができます。

                 

                荒れ地となった場所に住み、

                黙々とその地に団栗を植え、

                森を育てていき、

                水を蘇らせ、

                村を蘇らせ、

                やがて亡くなっていった人の物語。

                 

                と、こんな風に要約してしまうと、

                なんだか説教くさく、

                教訓じみてしまうようなところが出て来てしまいますが、

                ジャン・ジオノの筆致にはそんなところはぜんぜんなく、

                格調高く、秘奥に抑制が効いた文体です。

                ですから、読むこちらも威儀を正されるような気持ちになりますね。

                 

                もくもくと自分の仕事をすること。

                その仕事がやがて森となり、

                水を生み、

                人々の生活を潤わせることになると信じること。

                心の高潔さを保つこと。

                 

                散文詩のような一冊。

                 

                ぜひオススメします。

                 

                 


                動物会議 ケストナー

                0

                  「動物会議」E・ケストナー読了。

                   

                  戦争が絶えない世界。

                  大人たちはそれを食い止めるべく会議を重ねるけれど、

                  ただ会議のための会議を重ねるだけで、

                  いっこうに具体的に戦争を止める具体的な手立てを打ち出せない。

                  そんな間にも犠牲者はどんどん増えてゆく。

                  ときに、子どもたちがまっさきに犠牲になる。

                   

                  そんな状況に立ち上がったのが動物たち。

                  世界中の動物たちが一カ所に集まり、会議をする。

                  人間に戦争をやめさせるために。

                  子どもたちが犠牲にならないように。

                   

                  そして、結局、動物たちの知恵が人間を上回り、

                  人間たちに戦争をやめさせる、

                  という物語。

                   

                  …と書くと、なーんだ、そんな話か、

                  と思うかもしれないけれど、

                  全編にただようユーモアと、

                  戦争を憎む気持ちと、

                  子供達への愛情と、

                  未来への信頼に満ちた文章に、

                  ストーリーのシンプルさ以上のゆたかなものを

                  きっと感じると思います。

                   

                  この作品は、1949年、戦後4年の出版。

                  第二次世界大戦が終わったにもかかわらず

                  また米ソの冷戦が始まり、

                  いっこうに戦争の教訓から人間は学んでいない

                  とケストナーは感じたのかもしれませんね。

                  実際1950年には朝鮮戦争が起きました。

                   

                  バカな大人のなんと多いことか!

                   

                  と嘆かずに、こんな愉快な形でこどもたちに未来を託したケストナー。

                   

                  この作品は、いまでも十分有効な言葉に満ちていると思います。

                   

                  動物たちが人間と交わした条約。

                  本当は全部書き抜きたいところですが、

                  それはぜひ本文を読んでもらうことにして、

                  ここではその第5条。

                   

                  今後いちばんよい待遇を受ける役人は、教育者とする。

                  子どもをほんとの人間に教育する任務は、

                  いちばん高い、

                  いちばん重い任務である。

                  真の教育の目的は、

                  悪いことをだらだらとつづける心を許さない、

                  ということでなければならない!

                   

                  日本の政治家諸君、よく読み給え!

                  そして胸に手をあてて考え給え!

                  あなたがたは、ただ、

                  悪いことをだらだらとつづける心の持ち主ではないか、と!

                   


                  赤ひげ診療譚

                  0

                    「赤ひげ診療譚」山本周五郎(新潮文庫)読了。

                     

                    いやはや、素晴らしい小説でしたね。

                    実にうまいストーリー展開と、生き生きした人物の造型。

                     

                    正直、山本周五郎って、大衆小説だろって軽く見ていたところがあった。

                    ところがどっこい、

                    人間のすばらしさ、人間の汚さ、

                    すべてを見通し、そこに徹したところから書く姿勢に

                    しみじみ感動しました。

                    これは、

                    「季節のない街」

                    「青べか物語」

                    を読んだときにも感じたこと。

                     

                    「赤ひげ」に関しては、それに加えて、

                    政治とは何か、どうあるべきか、

                    ということにかなりに踏み込んだ描写が多々見られたところが、

                    印象に残っていますね。

                     

                    小石川療養所の医師「赤ひげ」は日々貧しい庶民の診察に当たっている。

                    一方、長崎に遊学して江戸に戻ってきた保本登。

                    こちらは、エリートのお抱え医師として登用されるはずだったが、

                    わけあって赤ひげのところに来ることに。

                    保本はこの赤ひげのもとで、

                    医療とは何か、

                    人間とは何か、

                    社会とは何か、

                    を学んで、成長するんですね。

                    そのエピソードがいいんだなあ〜。

                     

                    通奏低音として響いてくるのが、

                    「貧困と無知」。

                    貧しい人たちは、貧困にあえぎ、

                    無知のためにますます貧困を余儀なくされる。

                    富めるものがますます富み、

                    貧しいものがますます貧しくなる、

                    赤ひげはいつもそのことを嘆き、のろい、

                    しかし、全身でそれに向き合う。

                    初めは保本にはその意味がわからないが、

                    ともに患者に向き合う中で、

                    その意味を深く理解してゆく。

                     

                    小説の舞台は、江戸時代。

                    またこの小説が刊行されたのが昭和34年。

                    まだ日本に貧困が日本に身近にあった時代。

                    この時代には、この小説は多くの人たちに受け入れられたと思う。

                    黒澤明が映画にし、またそれが評判になったのも、

                    そういう時代背景があったからだろう。

                     

                    それから、幾星霜。

                     

                    今、令和になって読んでみて、

                    むしろ、この時代にこそ

                    もう一度読み返されていい作品のように思えます。

                     

                    貧困

                    無知

                    人情

                    男女の機微

                    学ぶこと

                    人の心を読むこと

                    働くこと

                    生きる価値

                     

                    いろんなことがこの一冊の中にぎっしり詰まっている。

                     

                    これから社会に出て行こうとする人に

                    ぜひ読んでもらいたい一冊ですね。


                    天野祐吉のCM天気図傑作選

                    0

                       

                      2013年12月刊。

                      天野さんがなくなってからもう6年近くも経つのか、

                      と思いながら読むけれど、

                      読みながら、

                      天野さんが言いたかったこと

                      言い続けてきたことは、

                      今でもまっすぐにとどいてくる。

                       

                      震災後、一瞬、時代が大きく変わりかけたかな、

                      と思わせるものがあったけれど、

                      しかし、あっというまのその扉は閉じられて、

                      相変わらず、経済成長、アベノミクスの大合唱、

                      きっと天野さんはあの世で、

                      だからいったでしょ、

                      成長より成熟

                      経済大国より「別品」の国

                      などとやんわり私たちをたしなめているのではないか。

                       

                      1984年から続いてきた朝日新聞連載のCM天気図傑作選。

                      なつかしいCMを批評しながら

                      それらCMが目指そうとしてきた時代精神を読み解き、

                      やさしいことばで

                      今わたしたちがどんな時代に向かおうとしていたのか

                      教えてくれる一冊。

                      もちろん、当時は、その時代の中で書いていたわけだから、

                      そのCMが何を目指しているのかを天野さんは現在形で書いているわけで、

                      あとからみたらそれが実際にどうであったか、

                      作者にはわかってはいない。

                      けれども、今から、あの時のあのCMを思い出し、

                      天野さんの言葉とともに振り返ると、

                      そうか、あれが今につながっていたのか、ということが

                      今の私たちにはわかる。

                       

                      たとえば、昭和の終わり頃の、井上陽水がでていた「おげんきですか」のCM。

                      サルがヘッドホンをしながらソニーのウオークマンを聞いているCM。

                      カップヌードルのCM。

                      しあわせになりたいけどがんばりたくない、忌野清志郎のCM。

                      つまらん、おまえの話はつまらん!大滝秀治のCM

                       

                      ああいったCMが、あの時代にどんな意味を持っていたか。

                      そして、その精神が今のわたしたちに何を投げかけているか。

                       

                      東日本大震災以降の作品は、なかなかに辛辣。

                      天野さんは、

                      文章ではかなりにやわらかく、

                      決して激高することなく、

                      ユーモアをちりばめながら批評していたけれど、

                      本当は相当に時代に怒っていたんじゃないだろうか。

                       

                      強い国より賢い国

                      デモは選挙と並ぶ民主主義の大切な表現方法

                      からだで感じ、からだで考えること

                       

                      どのページを見ても、ふつうの、そして地味深いことばたち。

                      しかし、こういうことばが届かなくなってしまった時代。

                       

                      この一冊は永久保存版です。

                       

                      それにしても、この本がブックオフで200円。

                      捨てる神あれば拾うバカあり。

                       

                       

                       


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